窓辺のマーガレットnews掲載コラム「あの人・この人・あんな事!」
2005年12月発行 279号 「月亭可朝さん」
今回は落語界の先輩のことを書いてみたいと思う。

この世界に入った時、当然先輩ばかりだったが、その先輩にもいろんな人がいた。後輩をかわいがる人。後輩に無関心な人。後輩に冷たい人。後輩をいじめる人。どこの世界でも一緒だと思うが、今思えば、何も分からない後輩に愛情を持って接することが、もっとも大事だと言うことが分かる。

嫌なことはいつまでも覚えているし、うれしかったこともいつまでも覚えているからだ。
いくら苦言を呈しても、愛情があれば相手も素直に受け入れることが出来るし、又忠告、助言をするのは愛情がないと出来ないもので、でないと単なる嫌がらせにしかならないからだ。

いろんな先輩がいた。

おおむね同じ世界に飛び込んできた若い者を歓迎してくれたと思う。
今は亡き春蝶さんは愛情の深い人だった。深いから自分が気に入らないとすぐに怒りの電話をしてきた。

今は亡き枝雀さんは優しかったが、自分のテリトリーをしっかり持っていて、他人に入り込まない代わりに、容易に入り込ませない人だった。

それぞれに、いろんな想い出があるが、先輩の中でも可朝さんはやさしい、情のある人だった。人生を楽しむタイプの人で、大人と子供の二面持っていてとても興味深い、面白い人だった。いや、今でも面白い。

ひと言では表せない、摩訶不思議な人だ。
よく、横山やすしさんを最後の芸人とたとえる人がいるが、最後の芸人は可朝さんだと私は思っている。

バクチも好きで借金もしているかも知れないが、一度だって私がかかわったことがなかったし、誘われたこともなかった。たぶん特別大事にしてくれたんだと思う。

「三枝くん」
時々、突然電話がかかってくる。
「中入りに打つ太鼓なぁ。最近早いように思うねんけどなぁ」
落語はあまりしないで、どちらかというとタレント性が強いような印象があるが、先日かかった電話で分かるように落語への愛着は人一倍強い。

「シャレやシャレ」
なんでも、それで片付けて、世の中を飄然と生きて行っている気がする。
昔、可朝さんの師匠である、米朝師匠のところに行った。
それも、今から行こうや。と突然思い立って出かけた。もう充分遅かったのに、師匠は
「しゃあない奴やなぁ」
と言う感じと、良く訪ねてきてくれたという、両方とれる感じで出てきて相手をして下さった。

そして、玄関先で師匠においとまを告げて外へ出た後に可朝さんが言った言葉にビックリした。
「三枝君、師匠の家の玄関の下駄箱の上に置いてあった瀬戸物の立派な置物持って帰ろうや。シャレやがな。そういうことを喜びはる師匠やねん。又、返しに行ったらええねん。そんならまた遊びに行く口実が出来るやろ?師匠の話は絶対に聞いとく方がええから。大丈夫怒りはれへんから」
二人でそっと家の中にはいると置物を持って帰った。

米朝師匠は激怒された。
それは、可朝さんからの電話で知った。
「君、返してきてくれや」
「エッ・・・私が?」
仕方がないので返しに行くと、米朝師匠は笑いながら迎えて下さった。
「ほんまに、あの男はシャレがきついからなぁ。おもろい男やで。他のもんならええねんけど、これは割れもんやさかいな」

どうやら師匠が怒ったのもシャレだったようだ。
可朝さんのことは又次回も・・・。


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