窓辺のマーガレットnews掲載コラム「あの人・この人・あんな事!」
2006年1月発行 280号 「立川談志さん」

先日東京田町にあるホテルで立川談志師匠と会った。
トイレに入ってゆく師匠を見かけて追いかけていったのだ。トイレに入ってゆくと師匠以外誰もいなかった。
「師匠」
と声をかけると、師匠は用を足しながら振り返った。
「いや、久しぶりだな。ちょっといいかい?」
その日あるパーティに呼ばれていたが、まだ少し時間があった。
「いいですよ」
ホテルのロビィの椅子に座って、久しぶりに師匠と向き合った。
「俺はね、いつ死のうかと思っているんだ 。この頃ね、俺の存在は何かと」
その日はずいぶん弱気だった。

弱気なことを言う時は実は元気な時なのだ。
長年付き合っていれば分かる。元気でない時は強気なことを言う。
そんな師匠だ。性格は可愛い。
後輩が可愛いというのはおかしいかも知れないが、実に面白い人である。
それは可朝兄さんにも共通している。
少し違うかも知れないが、談志師匠は落語の中に生きている。
もがき苦しんでいると言っても良い。それは私もそうである。
レベルはもちろん向こうの方が高いところで苦しんでいるだろうが・・・。

ある打ち上げの時、師匠の話を聞いていた。
初めて会った40年ほど前からずっと私の方が聞き役である。
落語のことを延々しゃべり続けていた。
「この俺の落語のイリュージョンガだなぁ・・・」
所々話の中身が分かり辛くなる。でもあまり聞き返さない。聞き返すともっと分かり辛くなることが分かっているからだ。
延々話した後で師匠が言った。
「あんた、飲むとあんまり喋らないの?」
そうじゃなくって、話すタイミングがないんですよ、とも言わなかった。
この人は面白い。この人にいろいろ教わろう。若い時にそう思った。
私はなんでも興味を持つ方だから好きな人間が出来ると会いにゆく。最近の若い芸人はあんまり来ない。
人と付き合うのが苦手のようだ。特に先輩とは。いつも仲間同士でうだうだ言っている。
私は若い時から、仲間同士で飲みに行くより先輩に着いていった。早くに売れていたというのもある。
どこの誰だか分からないものを連れて行ってはくれない。

ある日、夜遅くに師匠について行った。何人いただろう。
7、8人はいた。ずいぶん若い頃だったのに、ずいぶんみんな大人に見えた。
スナックで、どこのスナックか忘れたが、店のものが注文に来た時に、師匠が
「何か、食えるものある?」 と聞いた。
店のものがメニューをみせると
「ハヤシライスっていいじゃないか、これするよ」と言うと、居合わせたみんなが口々に
「いいね、俺も」「俺も」となった。
すると師匠が言った。
「悪いけど、みんな他のもの注文してくれや。今、俺一人でハヤシライスを食いてえ気分なんだ」
みんな、渋々別のものを注文した。
その場で一番若い私は、
「ボク、ハヤシライス」
と叫んだ。みんなが私を見た。
「師匠の気持ちを味わいたいんです」
と言うと師匠は
「いいよ、一緒に味わえよ」
と言ってくれた。二人だけで食べたハヤシライス。その時から私は談志という人のことが分かった気がしたのだ。

今でも思っている。
私が立川談志の一番の理解者だと。
こんなことを言うと師匠は照れ笑いをしながら言うだろう
「そうかい。うれしいね。でも、分かってねえよ」
と・・・。

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